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[目次]
凡例 12
序章 ―私と秀一との出会い― 15
第1章 就職難の時代 故郷で代用教員 23
失意の帰郷 23/雪道のなか大泉村へ初出勤 26/山の分教場 28/分教場の子どもたち 31/綴方から民話に 36/炭焼きの日常 38/魚ひときれも口にできない子ども 41/月山信仰 43/山の民の食生活 44/炭焼藤太伝説 44/秀一の日記より(一九三一[昭和六]年四月十八日〜八月十一日) 45
第2章 庄内の歴史・時代背景 59
羽黒山の松例祭の思い出 59/不景気・就職難の時代 61/秀一の日記より(一九三一[昭和六]年三月四日〜四月十四日) 63/東京を離れて 庄内をみわたせば 72/重税 米食うな 73/大平にも残る 姥捨て伝説 74/大恐慌 五〇倍の小作争議 74/娘の身売り 74/教育界の状況は デモクラシー思潮を弾圧 75/関東大震災以降 社会主義思潮 エドキンテルン 76/日本プロレタリア文化連盟結成 77/借金棒引き闘争 小田島事件 77/村山俊太郎 労働運動開眼 78/土中入生 即身仏 79/湯殿山 注連寺伝説 83/生活綴方運動 85/戦後につづいた運動 無着成恭編『山びこ学校』 87/「私のえんぴつ」を自分の話しことばで 89/秀一の日記より(一九三二[昭和七]年一月四日〜四月三日) 90
第3章 さらに山奥の分教場へ 検挙・失職 105
秀一の足跡を追って 八久和を訪ねる 105/秀一 八久和へ赴任 109/秀一の日記より(一九三二[昭和七]年四月四日〜五月五日) 110/マタギ踊り 125/マタギ用語 128/阿仁前田小作争議のこと 129/三徹の霊祠 131/「種蒔く人」 131/阿仁の「獅子踊り」 133/盆踊り禁止にやっきの明治政府 133/民俗学の宝庫 早池峰伝説 134/間島パルチザンの歌 137/秀一の日記より(一九三二[昭和七]年五月七日〜九月十二日) 144/農村慰安映画大会 175/演劇オリンピアードに拠金したことから狙われる 175/秀一検挙される 当時の新聞記事 ローマ字会事件 176/秀一の日記より 一九三二[昭和七]年九月十三日〜十八日の欄にローマ字で書きうつされた詩 182/石川啄木のこと 183/秀一の日記より(一九三二[昭和七]年九月十九日〜九月二〇日) 184
第4章 中学時代 駒澤大学 モジ改革にめざめたころ 187
秀一の両親 187/幼い頃 生まれ故郷 188/蛇姫様伝説 190/最上川の歌 191/戦後 ダム建設 湖底に沈む村 村荒廃 193/加藤清正伝説 194/無口で無類の本好き 鶴岡中学校に学ぶ 194/庄内藩の歴史 酒井家 197/江戸市中取締役 拝命 199/最後まで徳川側について敗北 民衆は犠牲に 199/戊辰戦争 200/奥羽越列藩同盟 201/列藩同盟惨敗 202/庄内藩降伏 寛大な処置を命じた西郷隆盛 202/「奥羽人民告諭」公布 203/酒井兄弟は鹿児島で兵学を学びドイツ留学も果たす 204/ワッパ騒動 205/新徴組・新整組士らの貫属替えの訴え 208/年貢返せ 献金返せ 209/皇国教育 210/三月十日の陸軍記念日に訓話 210/外国語の知識の必要性を早くも痛感 212/コトバへの目覚め 駒澤大学予科二年に入学 214/駒澤大学文学部東洋文学科に入学 215/卒業成績から秀一の関心がわかる 217/駒澤大学の創立のいわれ 217/この頃の日記 218/外国語習得に苦労 エスペラントに関心をいだく 220/識者のエスペラント観 220/秀一の日記より(一九二八[昭和三]年一月九日) 222/高山樗牛のこと 224/日本共産党の創立 227/治安維持法改正法案 議会を通さず成立 227/山添争議 228/秀一の日記より(一九二八[昭和三]年四月三日〜四月十三日) 228/『寡婦マルタ』 230/危険な言語 230/「国体観念の涵養」の発令 231/禁書を読む 社会科学の実情 231/二葉亭四迷により日本へ 232/エスペラント運動は中立派と社会派に 232/プロレタリア文学の確立 234/『文芸戦線』発刊 235/柏木ロンド 236/京都学連事件 237/ナップの頃 238/「蟹工船」の翻訳 239/左翼への弾圧つづく 239/世界的大恐慌 240/プロ科研とポエア 241/多喜二の「不在地主」 241/庄内の窮状 242/文学雑誌に掲載された秀一の詩 243/プロレタリア歌人 渡辺順三 244/『カナノヒカリ』にエスペラントが紹介される 245/プロレタリア科学研究所 246/鉄塔書院のエスペラント本出版 247/つづく弾圧 248/『サキガケ』一九三〇年六月号 249/ナップの機関誌『戦旗』 250/秀一 「地図にない町」を『サキガケ』に発表 251/エロシェンコの作品をカナ書きで掲載 252/高杉一郎訳「私の学校生活」 253/労働運動の高まり 255/秀一の詩 二題 256/ヨポエウ創立大会 256/日本プロレタリア・エスペランティスト同盟 創立大会宣言 258/『ローマ字世界』に寄せた詩と短歌一編 259/世界無国民協会(サート) 260/ペークの任務 262
第5章 失職、再検束、方言研究 263
秀一の日記より(一九三二[昭和七]年九月二一日〜十月六日) 263/鶴岡出身石原莞爾大佐ジュネーヴへ 266/五族協和の王道楽土をもとめた石原 267/満鉄経営 万宝山事件 268/中村大尉殺害事件 269/満州事変 270/十五年戦争の泥沼へ 270/一九三二年三月一日、満州国建国を宣言 271/秀一の日記より(一九三二[昭和七]年十月七日〜十一月十三日) 272/公判記録写しの秘密文書を受け取る 281/カナ書き雑誌『イズミ』を評する 282/秀一の日記より(一九三三[昭和八]年一月一日〜二月四日) 284/地元の新聞報道 298/赤化教員事件 299/狙われた長野の教育現場 300/秀一の日記より(一九三三[昭和八]年二月五日〜六月十二日) 301/当時のエスペラント運動 344/北嶋三郎の名前で啄木を評価 344/幸徳秋水の大逆事件 346/雑誌『庄内の旗』 346
第6章 雑誌『文字と言語』/ローマ字運動とエスペラント運動 349
ひとりで『文字と言語』刊行 349/『文字と言語』第二号の内容 350/『文字と言語』第三号では「漢字の形と読みとの関係」 355/日本のローマ字運動 ヘボン式と日本式の争い 357/政府をあげて日本式ローマ字推進 359/日本官庁のまちまちの綴りのローマ字に海外から不満の声 359/官公庁でも統一されないローマ字表記 360/臨時ローマ字調査会第一回総会開催 361/ローマ字は読みにくいのか? 361/ローマ字とカナ文字の長所 363/ヘボン式の長所 363/日本式の長所 364/ヘボン式への批判 364/冷害と農民の苦境 365/農民運動の沈黙 367/夢二とエロシェンコ 367/小作農民の悲劇 367/月夜に釜を抜かれる 368/困窮のきわみ 369/東京の遊郭には山形出身者が一番多かった 369/わずかな救済予算 370/新興仏教青年同盟の活躍 370/魯迅の詩 371/秀一の結婚 371/プロレタリア・エスペラント運動最後の輝き 374/「ポ・エ・ウよりの脱退に際し、全国の××〔革命〕的並に進歩的エスペランチスト大衆に檄す」 376/ドイツのエスペラント雑誌 379/労働者エスペラント運動が禁止に 379/ヒトラーはエスペラントも殲滅の対象に 379/プロレタリア・エスペランティスト・インタナショナル(IPE, イーペ) 382/各地でエスペラント雑誌を刊行し反戦運動を展開 384/秀一『サルートン』第二号に寄稿 386/秀一の「エスペラントとローマ字化との関係」 387/秀一の日本語大衆化理論 389/特高警察は常にエスペランティストの動向に注目 393/金沢の松田周次 陸軍刑法違反で逮捕 394/海外エスペラント雑誌も検閲 394/『特高月報』の海外情報 395/『特高月報』が語る海外文通の詳細 396/ソビエトでの「労農通信員」運動 399/プロエス運動におけるペークの役割 401/ポエウとペークの関係 403/日本のペーク 404/朝鮮文字 407/朝鮮語研究が罪に 409/「朝鮮語のローマ字化問題に触れて!」 410/学校内では日本語だけという教育令発布 411/創氏改名へ 411/台湾での弾圧 412/台湾の生徒の悲劇 412/満州国の言語問題 413/満州国の五族協和はスローガンのみ 414/満州国の現状を上海のエスペラント誌で知る 415/中国語のローマ字化運動の展開 416/秀一「ソヴェート同盟に於ける民族政策と言語政策」 418/ヤフェティド理論 418/ことば直し 420/「国語愛護同盟」と異なる意見をもつ 420/国語愛護同盟の主張 421/『文字と言語』での発信 421/秀一 黒滝家へ 423/毛沢東の文章論 424/「法および法文の平易化」を書評 424/秀一の「言葉直し」とは何か 425
第7章 各地のローマ字運動 429
国際連盟での決議 429/ソビエトの場合 文字への憧憬 430/トルコでのローマ字化 431/マクシム・ゴーリキー 432/中国のローマ字運動 434/シベリアでの漢字ローマ字化 436/瞿秋白の事績 436/中国語のローマ字化 438/アナーキズムの影響 439/ローマ字化運動の国際連帯 439/中国のエスペランティストたち 巴金のこと 440/ローマ字化運動の拡大 441/『文字と言語』 中国のローマ字運動特集号 444/魯迅の漢字論 444/魯迅とローマ字 446/魯迅「門外文談」 447/魯迅をいち早く紹介 451/『文字と言語』での魯迅追悼 453/漢字地獄 453/魯迅とエスペラント 453/魯迅とエロシェンコ 「家鴨の喜劇」 454/中国語ローマ字化についての問答 456/上海世界語協会 内務省警保局『外事警察報』より 457/『支那語ローマ字化の理論』 459/『サルートン』誌での反響 463/日本のローマ字運動批判 463/当時のローマ字運動 465/マルセイユをどう綴るか 466/外国人名のローマ字表記 467/ローマ字論者たち 470/補論 『エスペラント文学』のころ(日本エスペラント学会研究発表会[一九七一年五月十六日]での著者講演要旨) 474
第8章 方言研究/人民戦線/国策エスペラント運動 487
秀一の方言研究 487/「方言の単一の国語への発展」の理論 489/方言研究と国字研究の協力 490/ガリ版刷り『東京方言集』刊行 492/人民戦線政府 494/各国での反ファシズムの動き 日本との連絡 495/人民戦線の動き 497/コム・アカデミー事件 498/日本の統一戦線の瓦解 499/那須てつ 501/エスペラント報国同盟 502/一九三七年の日本エスペラント大会 503/「時局」への迎合 505/エスペラント運動の変質 506/エスペラント運動での「八紘一宇」 509/エスペラントの内在思想 510/国策記事の掲載へ 511/保護観察所とは何か 514/国策との連動 516/「八紘一宇」の精神とは 517/兵役拒否者・石賀修 519/ザメンホフ主義とは 521
第9章 秀一の最期 525
ささやかな抵抗 525/離婚申し入れ 525/ザメンホフ「正統の子」 長谷川テル 526/テルの反戦活動 528/『文字と言語』の出版社さがし 531/中国での長谷川テル 532/このころの社会状況 535/人民戦線の弾圧 536/『世界文化』 537/『世界文化』同人の検挙と終刊 538/仙台では 539/佐々木更三の例 539/秀一、東北大学庶務雇に/『ローマ字ニュース』編集 540/魯迅と仙台 544/秀一と喜安善市 545/「支那のローマ字戦線ルポルタージュ」 546/『ローマ字ニュース』での秀一 547/秀一最後の論文「ローマ字運動とその背景」 550/秀一逮捕 553/仙台エスペラント会解散 554/エスペランティストへの弾圧 海軍工廠技師・松葉菊延の場合 554/エスペランティストへの弾圧 『Tempo(テンポ)』誌編集者・野島安太郎の場合 558/日本でのランティ 560/エスペランティストへの弾圧 言語研究者・川崎直一の場合 561/治安維持法違反事件検挙概況 562/特高による秀一の内偵 563/一九三八年十一月十二日 仙台で検挙 565/留置場にて 566/独房で思う『正法眼蔵』 573/「特高の手で殺されるかもしれない」 574/特高の取調べ 押収される海外からの郵便 575/矢内原忠雄訳『奉天三十年』 576/取調べの開始 577/北勢エスペラント連盟の加藤隆通 586/回覧雑誌で秀一とつながる 587/新興仏教青年同盟・妹尾義郎 588/砂田による取調べ 590/検事の取調べ 592/刑務所での生活 595/ローマ字訳を薬包紙に 602/本は一冊でも残れば必ず後世につたわる 604/労働者の詩 612/自らのことばでも詠う 618/薬包紙に刻まれた秀一の詩 619/生死を離れて仏となれるのか 623/逮捕され一年 624/山形地方裁判所へ 626/予審判事 627/治安維持法違反で起訴 632/秀一の「予審終結決定書」 632/「コミンテルンの目的遂行のため」 638/この頃の長谷川テル 640/後藤敏へのインタビュー 643/菊沢季生へのインタビュー 645/京都学連事件とは 646/秀一逮捕時の状況 647/加藤隆通の逮捕・収監 648/秀一の公判 652/執行猶予なしの有罪懲役三年 654/雪の中の移送 655/秋田刑務所へ 659/肺結核悪化、泉流寺へ 662/三二歳の生涯を閉じる 664/秀一の活動に関わった人びと 667
著者あとがき 小林 司 677
本書出版の経緯について 萩原洋子(筆名 東山あかね) 680
監修者あとがき かどや ひでのり 684
文献・資料
斎藤秀一蔵書 692
参考文献一覧 696
『文字と言語』讀者一覧表(『特高月報』一九三九年四月号) 730
『Latinigo』讀者一覧表(『特高月報』一九三九年四月号) 735
総索引 755
斎藤秀一略年表 757 |