「てにはドイツ語」という問題

近代日本の医学とことば

[著者]安田敏朗

日本医学と「言語的事大主義」。
いまは忘れられた、ドイツ語を日本語の語順でならべて助詞などでつなげた「てにはドイツ語」とは、ドイツ語で医学教育がおこなわれるという、きわめて特殊で限定的な場で発生し、流通した言語変種といえる。「てにはドイツ語」による教科書も出されている。この言語変種をめぐって、日本医学界ではいかなる議論がなされたのか。「医学のナショナライズ」「ナショナリズムの医学」「日本医学」「大東亜医学」、敗戦後の「アメリカ医学」=アメリカ英語への転換、それは、近代日本語のあり方のみならず、学知のあり方までをもうかびあがらせるものである。

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定価=本体 3,500円+税
2021年5月20日/四六判並製/454頁/978-4-88303-529-8


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[目次]

序章 近代日本と「てにはドイツ語」  1
   1  「てにはドイツ語」とはなにか  2
   2  専門的・特権的な「てにはドイツ語」  5
   3  医学とドイツ語 ― 「上品ナ隠語」とその問題  11
   4  現在の医療従事者がつかうドイツ語起源の隠語  13
   5  近代日本語と「てには」 ― 和辻哲郎の議論から  17
   6  本書の内容  19
   注  24

第一章 「てにはドイツ語」の発生  27
   1  はじめに  28
   2  ドイツ医学の導入  32
      2―1  東校の講義 ― 通訳  32
      2―2  ドイツ語による教育へ  35
      2―3  日本人による教育へ  39
           ドイツ語での教育の意図  39 /お雇い外国人の功績  43 /
           学問の「ナショナライズ」とお雇い外国人からの脱却  44
   3  お雇い外国人からの脱却のあとに  48
      3―1  入沢達吉の回想 ― 大沢謙二・高橋順太郎の場合  48
      3―2  田代義徳の回想  50
      3―3  志賀潔の回想 ― 田口和美の場合  53
   4  日本語で医学教育はできたのか  55
      4―1  正則と変則、本科と別課  55
      4―2  帝国大学のそとで  59
      4―3  大阪医学校  59 /仙台医学専門学校  62 /済生学舎  63
   5  おわりに  66
   注  68

第二章 問題化する「てにはドイツ語」とエスペラント――一九一〇年代後半における医学界の言語問題  79
   1  はじめに  80
   2  大沢岳太郎・村田正太論争の概略  82
      2―1  発端 ― 田代義徳「米国ニ於ケル医学会ノ状況」  82
      2―2  大沢岳太郎「医学と語学」 ― 「日本の医学語」  83
      2―3  医学界批判の雑誌『刀圭新報』について  87
           『刀圭新報』とは  87 /『刀圭新報』と言語問題  89
      2―4  村田正太「医学用語問題」 ― 批判  92
           「国辱」としての「てにはドイツ語」  92 /「属国的根性」と病床日誌問題  95 /
           医学の「支那扶植」問題  100 /穂積陳重への言及 ―national と international のあいだ  103
      2―5  大沢岳太郎「医界用語問題」 ― 反批判  105
      2―6  村田正太「前号所載『医界用語問題を読んで』大沢教授の明答を求む」 ― 再批判  107
   3  『刀圭新報』の立場 ― 医学界批判としての暉峻義等の援護  110
   4  村田正太におけるエスペラントの「発見」  122
      4―1  「医学用語問題」をふりかえって  122
      4―2  村田正太とエスペラント  126
      4―3  医学界とエスペラント  128
      4―4  『医人』とエスペラント  132
   5  おわりに  136
   注  139

第三章 浸透する「てにはドイツ語」  151
   1  はじめに  152
   2  印刷されない「てにはドイツ語」  155
      2―1  日本のローマ字社と「てにはドイツ語」 ― 池田孝男『我国の医学語を如何すべきか』  155
      2―2  国語協会について  160
      2―3  「てにはドイツ語」の実例 @― 加茂正一『外来語について』  161
      2―4  「てにはドイツ語」の実例 A― 東京慈恵会医科大学の場合  165
   3  印刷される「てにはドイツ語」 ― 熱い需要のもとで  168
      3―1  茂木蔵之助『新撰外科総論』『茂木外科総論』をめぐって  168
           一九二〇年初版  169 /一九二六年改訂『茂木外科総論』  170 /
           一九二八年『茂木外科総論』第三版  172
      3―2  小川蕃『簡明外科概論』と本名文任『新外科学』の「日独混合文」  174
      3―3  『茂木外科総論』の「転向」  177
           一九三九年『茂木外科総論』第一六版  177 /ハンセン病の記述  181
   4  おわりに  183
   注  184

第四章 再問題化する「てにはドイツ語」――一九三〇年代から一九四〇年まで  187
   1  はじめに  188
   2  下瀬謙太郎「医学用語に関する世上の声」などから  190
      2―1  「てにはドイツ語」の再問題化  190
      2―2  木下益雄「医学上の言葉の改良を望む」  192
      2―3  宮川米次・佐竹清・西成甫・福田邦三・神部信雄 ― 「国辱」か「万能」か  195
   3  国語愛護同盟医学部と『日本医事新報』  201
      3―1  国語愛護同盟医学部例会と「てにはドイツ語」  201
      3―2  『日本医事新報』について  209
      3―3  『日本医事新報』と「てにはドイツ語」  211
           「奴隷的医学教授用語テニハ独逸を排す」 ― 一九三五年一一月  211 /
           「国辱的テニハ独逸を排せよ」 ― 一九三八年七月  214 /愛国者パスツール  216
   4  一九四〇年の「てにはドイツ語」問題  219
      4―1  「「テニヲハ」独逸語の一掃を期せ」 ― 一九四〇年二月  219
      4―2  「「テニヲハ」独逸語の再検討」 ― 一九四〇年四月  221
      4―3  国語協会と「てにはドイツ語」 ― 「てにはドイツ語の問題」一九四〇年七月  226
           専門学校以上の講義用語に関する委員会  226 /南弘  228 /
           下瀬謙太郎、および佳木斯医科大学・台北帝国大学  228 /志賀潔  232 /木下正中  233
      4―4  「医育刷新問題」座談会と「てにはドイツ語」問題  235
      4―5  日本語による医学について ― 緒方富雄  240
   5  おわりに  246
   注  248

第五章 医学用語統一への道と医師試験用語問題  257
   1  はじめに  258
   2  医学用語の統一へ  259
      2―1  医学界と国語愛護同盟での議論  259
      2―2  日本医学会総会の決議とその後のうごき  268
      2―3  敗戦による断絶  276
   3  日中医学用語統一論  278
      3―1  同文の問題  278
      3―2  同文よりもエスペラント  280
      3―3  エスペラントよりも日本語 ― 中華民国医学会での使用言語問題  281
      3―4  「日支医学用語を共通にすることの可否」  284
   4  医師試験用語問題  288
      4―1  医術開業試験から医師試験へ  288
      4―2  医師試験規則 ― 試験免除校の補完として  290
      4―3  医師試験の変容 ― 受験者数の激減と外国人受験者の存在  294
      4―4  医師試験合格外国人の横顔 ― 試験用語問題にふれつつ  296
      4―5  問題化する医師試験用語  299
      4―6  一九四五年の医師試験 ― 歯科医師から医師へ  304
   5  おわりに  308
   注  309

第六章 「大東亜共栄圏」のなかの「てにはドイツ語」  319
   1  はじめに  320
   2  「国語国字統一問題とテニヲハ独逸語問題」 ― 一九四一年三月  321
   3  第一一回日本医学会総会と「てにはドイツ語」問題 ― 一九四二年  325
      3―1  「日本医学会総会迫る 外国語廃止問題解決されんか」  325
      3―2  「「テニオハ独逸語」に就て」 ― 批判  330
      3―3  「頑迷なテニオハ独逸語論者」  333
   4  第一一回日本医学会総会の総括  334
      4―1  「日本医学会総会聴講記」  334
      4―2  「書く場合にも外国語を廃止せよ」  336
      4―3  日本医学会総会副会頭・宮川米次の総括  336
   5  大東亜医学へ  338
      5―1  宮川米次「大東亜医学に就て」・「大東亜建設と日本医学の使命」  338
      5―2  東亜医学会  342
           第一回東亜医学会  342 /第二回東亜医学会  348 /第三回東亜医学会  354
      5―3  「大東亜共栄圏」と医学用語  357
           「共栄圏の医学用語」 ― 一九四三年二月  357 /
           「テニオハ独逸語」を封ぜよ ― 一九四四年三月 359 /
           「いわゆる「てにをは」ドイツ語の廃止に関する建議」 ― 一九四四年九月  360
   6  おわりに  365
   注  366

終 章 「てにはドイツ語」の終焉――ドイツ語から英語へ  373
   1  はじめに  374
   2  敗戦をまたぐ『日本医事新報』  377
      2―1  敗戦直前の『日本医事新報』  377
      2―2  敗戦直後の『日本医事新報』 ― アメリカ医学と実用米国語  379
           一九四五年九月一五日号の論調  379 /一九四五年一〇月一日号以降の論調  386
      2―3  「アメリカ式黄金万能主義」が「羨まし」くなるまで  388
           サムス「訓辞」などの掲載と『アメリカ教育使節団報告書』  388 /「米国留学の準備」  390
      2―4  第一二回日本医学会総会  392
   3  敗戦後の『茂木外科総論』 ― 「日独混合文」から「日英混合文」へ  398
      3―1  『茂木外科概論』その後 ― 「てにはドイツ語」からの離脱  398
      3―2  『簡明外科総論』 ― 「日英混合文」へ  401
   4  「言語的事大主義」という批判  406
   5  おわりに  411
   注  416

あとがき  423
人名索引  I
事項索引  VIII


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